老母の握力

介護の入り口。老母(ローボ)と老娘(ロームス)のつれづれ。

ホチョーキ

日曜日の母の買い物メモのいちばん最初には

 

・ホチョーキ 耳  と書かれていました。

 

前よりお話し聞こえにくくなったの? 

今日、補聴器を買いに行きたいの?

 

「今日、買いに行くなんて無理でしょ。 そんなことわかってるわよ~。

施設でね、お話していると聞こえないときがあると 

何?って聞きなおすときがあるじゃない。 

そうすると施設の人が大きい声で言い直してくれるんだけれど、

その人がまるで怒鳴っているみたいになるから

補聴器つければ声が聞こえやすくなるから

娘さんと補聴器のこと相談してみればって言うのよ。」

 

それで、Hapoさん(母)は、補聴器つけたいの?

 

「いやぁ~、めんどくさいし、

話が全部聞こえるってかえって不便だから

聞こえないのも悪くないと思っているのよ。 

nokoちゃんと話すときはちゃんと聞きやすく話してくれるし、

そんなに困っていないわ。

nokoちゃんは大きな声で話すの嫌かしら?」

 

いえいえ、私の声が大きいのは地声ですから、ちっとも嫌ではありませんよ。

 

「そうよね。なら今のままでいいわ。」

 

オットが、怒鳴っているようでって、

その人、いつでも大きい声なんじゃあないの?というと 

 

「そうね、他の人にも大きい声だし、私にだけってわけではないわね。」

 

だとしたら、補聴器着けたら声が響いて頭が痛くなっちゃうね。

 

「あら~、そうね。 そうだわね。 そっちの方が嫌だわ~。」

 

で、ホチョーキ話はおしまいになりました。

 

けれど、耳の聞こえが悪くなることは外部の情報を得にくくなることだから

認知障害を進める要因になることも事実です。

この機会に聴力検査をちゃんとして聞こえやすくなったほうが母にとって

いいことなのかもしれないという気持ちもあります。

 

会話は成り立っているのなら、今のままでいいのでしょうか。

 

今さらなのか、今こそなのか、悩んでしまいます。