老母の握力

介護の入り口。老母(ローボ)と老娘(ロームス)のつれづれ。

セイちゃんはかわいそうだ

両足の大腿骨骨折を経験したHapoさん(母)は、

 

立ち上がるのも歩くのも介助が必要な状態だった。

 

そのHapoさん(母)が

 

ベッドから すっと立ち上がった。

 

両手で何かを握るしぐさをしながら

 

「セイちゃんがこうやって、こうやって、、、」

 

目にはうっすらと涙をうかべている。

 

 

母は7人兄弟の3番目に生まれた長女。

 

長男のセイちゃんは戦地から無事に戻ったものの

 

食糧難の終戦後は家族のために食料を得るために奔走した。

 

汽車に乗り、地方の農家から食料を得ることもあったらしい。

 

そんな買い出しのある日、母もセイちゃんと共に出かけた。

 

リュックいっぱいの食糧を背負い、

 

ぎゅうぎゅう詰めの汽車のタラップのところへ

 

かろうじて乗り込んだ母(Hapoさん)。

 

妹(Hapoさん)がそこから落ちないようにかばいながら

 

セイちゃんはタラップの手摺りを握り、

 

半身は外に出たまま汽車に乗り続けた。

 

「こうやって、こうやって」というのは、

 

タラップの手摺りを握りしめるセイちゃんの様子を伝えたときのこと。

 

あの時の母は、

 

もんぺ姿の少女に戻り

 

兄のセイちゃんに守られていた。

 

 

あんなにも家族のために働いてくれたセイちゃんは

 

その後、栄養失調で若くして亡くなった。

 

戦争体験のいろいろのなかで何よりも

 

心深く刻まれているのは、

 

セイちゃんの亡くなったときのことらしい。

 

寝ていた部屋の窓によりかかり、

 

外をみているような姿で

 

息をひきとっていた。

 

 

「セイちゃんは可哀そうだ」

 

そうつぶやいて、

 

ベッドに横になり、

 

いつもの母に戻っていた。

 

 

 

母のあの日は、

 

今も記憶の中にある。

 

 

そして、

 

介助なしに立ち上がった母の姿が

 

私の記憶に刻まれた。

 

 

 

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」