12月18日のこと。
ちひろ美術館(上井草)を後にして、西武新宿線の中井駅で途中下車をしました。
向かったのは「林芙美子記念館」です。
正直に言うと、林芙美子の作品はこれまで読んだことがありません。知っていることと言えば、舞台『放浪記』で森光子さんが見せた「でんぐり返しのシーン」くらいなんですが、沿線地図を見ていてたまたま見つけたこの場所に、ふらりと立ち寄ってみました。



門をくぐり、数寄屋造りの建物に入ってすぐに目を奪われたのは、独特な存在感を放つ「押入れ(ふとん入れ)」した。

壁に収まっているのではなく、一つの大きな家具のように部屋にせり出しているのですが、その扉に貼られた布が、ため息が出るほど美しかったのです。それは、インドの貴重な織物である「パトラ(Patra)」でした。
「こんなに大きくて存在感のあるものに、この色、この布を持ってくるなんて!」
林芙美子は1942年(昭和17年)10月から翌年5月まで、陸軍の報道班員として南方へ派遣されています。シンガポール、ジャワ、ボルネオに滞在した彼女は、その期間の多くをインドネシアで過ごしました。
古くからインドネシアでは、交易でもたらされたインドのパトラが至宝として珍重されてきた歴史があります。彼女は滞在先のどこかでこの美しい布に出会い、大切に日本へ持ち帰ったのではないでしょうか。
そう考えると、この「赤」が単なるインテリアの一部ではなく、彼女が実際にその目で見た南方の光や、旅の記憶そのもののように見えてきました。
執筆に疲れたふとした瞬間に、南国の熱い光を思い出すための「記憶の窓」のようにも感じられます。







部屋の様子を見ていて目に留まったのが各所に配置された「手あぶり」でした。ちょうど冬の室礼に整えられていたのでしょう。火鉢を囲んで暖を取る当時の静かな冬の生活が、目の前に浮かんできます。

台所の水屋を覗くと、そこには「馬の目皿」が置かれていました。「芙美子さんも民藝が好きだったのかな?」そんな想像が膨らみますが、もしかすると彼女にとっては特別な鑑賞用ではなく、当たり前の「日常使いの器」として、ごく自然に生活に溶け込んでいたのかもしれません。旧宅の隅々に宿る当時の暮らしぶりを、器ひとつから想像するのも楽しい時間でした。


蔵を利用したギャラリーでは、ちょうど「ファッションと小物」の展示が行われていて、先ほどちひろ美術館で見てきたばかりの企画展「装いの翼」の続きを観ているようでした。「自立した女性としての、自分を律するおしゃれ」に共通点があるように思えました。 芙美子さんの小柄な体をシャキッと見せる装いは、彼女の強さと可愛らしさの両方を表しているようでした。

裏庭に出ると、地面を美しく彩るモミジの落葉が、冬の訪れを静かに告げていました。

そこから裏山のような高台へと登っていくと、視界が開けた先にスカイツリーの姿が。もちろん、林芙美子の時代にはなかった景色です。眼下に広がる街並みも変わってしまったことでしょうが、「かつてはここからどんな景色が見えていたのだろう」と想像するのもまた、楽しいひとときでした。
ここで偶然手にしたのが、新宿区落合地区にある記念館を巡るスタンプラリーの案内でした。
「せっかくここまで来たのなら」 残りの二館も巡るしかないでしょう~(^^)
坂の多い落合の街を歩く三館巡りが、思いがけず楽しい時間になるとは、この時はまだ思ってもみませんでした。
(次回、坂の街をゆく「落合三館巡り」編へ続きます♪)