老母の握力

介護の入り口。老母(ローボ)と老娘(ロームス)のつれづれ。

こころの旅

「あ~だから今夜だけは~♪」という曲を思い出した方

いらっしゃいますよね。

財津さんの歌声 子供ながらに好きでした。

 

が、その曲のことではありません。

 

神谷美恵子さんが書かれた「こころの旅」です。

人生とはまず生きる本人にとって何よりもまずこころの旅なのである。

 

そんな旅のはじまりから終わりを生物学や社会学なども通して語っています。

過ぎてきた子供時代のことは読み飛ばしがちでしたが、

第8章からの「人生の秋」は、いままさにの気持ちで読みました。

 

 

第8章 人生の秋

 

老いの自覚(向老期)

65歳頃までは壮年期とあまり変わらないはずである。

それではなぜこの時期を向老期として別に分けるかというと

この時期の人間は「老いの自覚」というひそかなものを、

こころの中に抱いて生きていかなければならない。

老いの自覚はたしかに本人にとってひとつのおどろきであり、

発見なのであろう。

私はいぜん私自身であるのに、別の者となってしまったのか。

 

老年につきものの孤独を積極的にたのしむ道を用意しておくのが

自然なのだが、「抵抗」がこの問題を直視するのを妨げる。

しかし世の中には別に悲壮にもならずに向老期以降の自分と自分の生き方について

自分と対話し、少なくとも「こころの隠退」をひそかになしとげていく人がいる。

 

自分は自分で、生命のあるかぎり、自分のできること、なすべきことを

新しい生き方の中でやっていこうという境地になるだろう。

(こころの旅 神谷美恵子コレクション より。)

 

「ひそかに」対処してくことがワタシにできるのかと自問しました。

その答えを探すのも旅のひとつなのでしょう。

 

自分は自分であるはずなのに、「別のものになってしまった」と感じるのも。

 

別のものだと感じるのも自分があってこそ。

 

「秋にも素晴らしい景色がある」と感じられるようにしなくっちゃ~。