老母の握力

介護の入り口。老母(ローボ)と老娘(ロームス)のつれづれ。

アプリケの あ

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宮脇綾子の世界

 アプリケを手芸から絵画作品として確立させた宮脇綾子さんの

 

アプリケ画を初めて見たのは2004年の初秋のこと。

 

百貨店にある美術館のそう広くないスペースにあったアプリケ作品を

 

そんなに近づいてはダメですよと言われそうなくらい近くで観て、

 

ソファに座り眺めてを繰り返し会場を何周も何周もして

 

立ち去りがたく眺めていたことを今でもはっきりと覚えています。

 

十年日記のその日のスペースには、宮脇さんの赤い字の「あ」のシールを貼って

 

その日が特別な日だったことを伝えています。

 

その後、2011年に豊田市美術館の収蔵品を観に行くと

 

長蛇の列が、、、、

 

こんなに人が多いなんて入場までに時間がかかるなと

 

がっかりしているとほとんどの人は企画のフェルメール展への入場者で

 

常設展示室には他に人がいません。

 

ひっそりとじっくりと、アプリケ画を堪能できました。

 

ミュージアムショップではアプリケ画のほとんどを網羅する

 

絵葉書セット2種類と図録を買い、今でも眺めたり

 

飾ったりで身近なところに宮脇さんのアプリケ画があります。

 

そして、次に再会できたのは

 

2017年11月の清須市はるひ美術館での「日常を綴る展」でした。

 

この展示では美術館で収蔵されていない作品が数多くあり

 

この展示のためだけに新幹線を使って清須市まで足を運んでよかったと

 

今でも思っています。

 

宮脇綾子さんの作品には名前の「あ」の文字がサインされています。

 

時代によって刺繍だったり、細い布のアプリケだったり

 

その手法をみているだけでも飽きない。

 

「あ」は、あっと驚くの「あ」でもあると語っています。

 

どの作品を観ても、驚いてばかり。

 

創作ノートや端切れ帖など、材料になる大きな油単(箪笥のカバー)も

 

見ごたえがありました。

 

もう4年が経とうとしているのに未だ興奮覚めやらぬ、です。

 

暮しのなかにある小さな喜びを表現している宮脇作品が

 

新しく創られることはもうないのが残念でなりません。

 

 

そんなことを思っていたら、

 

先日買った雑誌「暮しの手帖 2021年早春号」に

 

「布のかけら、花の途中」という記事が載っていました。

 

宮脇さんのアプリケ作品と同じ空気を感じます。

 

読み進むと、

 

宮脇さんのお弟子さんの作品展示を観て独学で始められた方の記事でした。

 

その方もアプリケ作品に「見惚れて」いたと語っています。

 

そして、「布のかけらは、私の宝です。」とも。

 

おなじように思う方が、居られるのだなぁ~と嬉しい気分になります。

 

そしてそういう方を取材して、記事にして下さる雑誌がある。

 

 

暮しの手帖は毎号買うわけではないけれど、

 

最近、編集長が変わられて、

 

紙面がどのようになっていくのかを楽しみにしています。

 

 

 

けれど変わらずに、

 

毎号雑誌の巻頭に書かれている

 

「やがて こころの底ふかく沈んで

 

 いつか あなたの暮し方を変えてしまう。」という言葉も好きです。

 

宮脇綾子さんのアプリケも今号に載っていたアプリケも

 

私の心の底に大事にしまいました。

 

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アネモネとけしの花